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長嶋語    名前編

ラジオの収録のときに「こんにちは、長嶋シゲルです」と言ってしまった。
機械の調子が悪くて録音できなかったと言う理由をつけて、もう一度録音してもらうことにすると、快く「いいですよ」といい、また「こんにちは。長嶋シゲルです」と言ってしまった


自分の娘の三奈のことを聞かれて「ああ、三奈子ですか」


現役時代、彼の名前表記はマスコミ各社の協定によって「長島」に統一されていた。
しかし1992年オフに虚塵の監督に再就任後、本人の希望で「長嶋」となり「これからは長嶋で統一したいね」としきりに言っていたが、翌年「史上最強の「長嶋茂雄」読本」という本が出版されることになり担当の編集者が長嶋氏本人に出版許可のサインと捺印をもらった。その時の自筆のサインは「長嶋茂雄」だったが捺印は「長島」だった。


伊良部が大沢氏によって、イラブクラゲとあだ名をつけられた。それに対して、「シーサイドのアニマルで、クラゲですか。シーサイドの」


「今日のクワダはイニングがファイブでしたか」なお長嶋氏は最後まで桑田をクワダと呼んでいた


記者の人に「今年のピッチャーの3本柱は?」と聞かれ「クワダ、斎藤、そしてクワダ」と答えた


高橋由伸を「おい、山下!」


同じく高橋由伸を「おーい、高橋ヨシノリー」


さらに高橋由伸と高橋尚成をまとめて「ヨシヒサー」


広沢を代打に送るとき「代打、広岡」


清水を「柳田」「淡口」
なお清水はここで返事をしてしまうと、自分が柳田というのを認めるため無視していたが、それで長嶋氏に嫌われてしまい、結果2001年は優勝できなかった


川口を「淡口」谷を「田村」


阿波野をリリーフにだそうとしたとき「ピッチャー、アワグチ(阿波野+川口)」


「レフティーズ(長嶋氏命名)」のことを聞かれ「いやー、ゲンちゃん、柏田・・・・・・・・・。まあいますね」テレビに出ていたレフティーズの宮本は唖然としていた。


上原が事故を起こした時、被害者に見舞いに行き「うちの二岡が迷惑かけまして」なお最後まで上原と二岡を間違えていたらしく、2001年最後の登板で上原に代打を送るとき「二岡、もう打たなくていいぞ」とウェイティングサークルから下げさせた


ハギワラを「オギワラ」 


2001年、ヤクルト・藤井のことを「セリーグ最多勝の稲葉のピッチング」「稲葉のピッチング」と繰返していた


阪神:濱中を「浜田」


阪神:ムーアを「メイ」


藤立を「藤本」


大豊を「ニイハオ君」


山崎(ヤマサキ)を「ヤマザキ」


井端を「岩瀬」


ゴメスを「ロペス」


ペタジーニに向かって「ハイ、ペタちゃん」当然無視された


CMで共演した木村拓哉を「キムラタクロー」


松村邦洋を「ブ―ちゃん」


高倉健を「鶴さん」


鈴木康友に対して「誰だっけ?」


同じく鈴木康友を「うん?ノブヨシ?どうだ調子は?」


徳光和夫に対して「んーどなた様でしたっけ?」徳光はショックで寝込んだ


スワローズに対して「スズメ軍団」。これを聞いた若松監督は怒った


日航の飛行機をみて「あ、ANAだ」


生卵サダハルのことを「ワンちゃん」
そのせいで生卵サダハルは、中畑から「ワン公」呼ばわりされることとなる。


現役時代、川上哲治監督のことを「ヘイ、ボス!」


バルビーノ・ガルベスの投球内容を記者に聞かれ「良かったですね~今日のバルベスは」


同じくガルベスを「ガルビーノ」


入来(現:北海道日本ハム)を散々説教した後「ところでお前、名前なんだっけ?」


横浜監督だった権藤を「ゴンちゃん」


当時巨人だった、元・日本ハムの投手・河野を、北京原人に似てるから「ゲンちゃん」と失礼極まりないあだ名をつけて、悦に浸っていた


阪神コーチの田淵を「ブッちゃん」


マルティネスに金田を紹介したとき「マルちゃん?こちら金田さん。ピッチャー」


中日・森岡を「藤岡」


ダイエー・神内投手を「神月」「神浦」


2003年8月16日の阪神戦中継で赤星を「赤堀」


2003年10月18日の日本シリーズでバントを打った矢野を「城島」


元阪神中田(愛称マイク)を「マイケル」


虚カスファン、ドンマイ!(爆)




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